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国別データ

薩摩国


年表

  1. 1488年 〜1549年

    島津忠昌・島津勝久・島津実久・島津忠良・渋谷氏・菱刈氏ほか

    諸勢力並立島津氏内部の対立と北薩国人衆の自立が並存
  2. 1543年

    8月25日ポルトガル人の漂着と種子島時堯による鉄砲の入手

    ポルトガル人を乗せた明国船が種子島南端の門倉岬に漂着し、島主・種子島時堯が鉄砲を購入した。日本への火器伝来の始まりとされる。

    ポルトガル人の漂着と種子島時堯による鉄砲の入手が行われた1543年の勢力図
  3. 鉄砲の国産化

    種子島時堯の命を受けた惣鍛冶・八板金兵衛清定が銃身の製造・ネジ切りなど技術的課題を克服し、伝来から8か月で国産の鉄砲を完成させた。

    鉄砲の国産化が行われた1543年の勢力図
  4. 1549年

    8月ザビエル来日

    フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸し、キリスト教布教を始めた。

    ザビエル来日が行われた1549年の勢力図
  5. 1550年 〜1559年

    島津貴久・島津実久・島津忠良・渋谷氏・菱刈氏ほか

    諸勢力並立島津貴久が当主地位を確立するも薩摩国内に諸勢力が並立
  6. 1560年

    島津貴久・入来院氏・東郷氏・菱刈氏ほか

    諸勢力並立島津貴久が薩摩の大半を押さえたが、北薩の渋谷一族(入来院・東郷・祁答院)と大口の菱刈氏は服属していない。菱刈氏の降伏は1569年
  7. 1561年 〜1569年

    島津貴久・入来院氏・東郷氏・菱刈氏ほか

    諸勢力並立島津貴久が薩摩の大半を押さえたが、北薩の渋谷一族(入来院・東郷・祁答院)と大口の菱刈氏は服属していない。菱刈氏の降伏は1569年
  8. 1570年 〜1571年

    島津義久

    島津氏島津義久は1566年に家督を継いだが、貴久が1571年の死まで実権を持った
  9. 1570年

    島津義久、薩摩国内の統一を進める

    薩摩国内では東郷氏・入来院氏らが服属し統一が進む一方、大隅国では肝付氏など有力国衆となお抗争が続いていた。

    島津義久、薩摩国内の統一を進めるが行われた1570年の勢力図
  10. 1572年 〜1580年

    島津義久

    島津氏
  11. 1581年

    島津義久

    島津氏
  12. 島津氏の南九州統一完了

    島津義久が薩摩・大隅を完全支配し、日向北部の国衆に圧力を強める。九州南部の勢力図が固まる。

    島津氏の南九州統一完了が行われた1581年の勢力図
  13. 1582年

    島津義久

    島津氏
  14. 1583年

    島津義久

    島津氏
  15. 1584年

    島津義久

    島津氏
  16. 1585年

    島津義久

    島津氏
  17. 1586年

    島津義久

    島津氏
  18. 1587年

    島津義久

    豊臣氏
  19. 5月島津義久が豊臣秀吉に降伏

    九州へ進軍した豊臣軍を受け、島津義久が川内の泰平寺で秀吉に降伏した。

    この合戦を詳しく見る →
  20. 1588年

    島津義久

    豊臣氏
  21. 1589年

    島津義久

    豊臣氏
  22. 1590年

    島津義久

    豊臣氏
  23. 1591年 〜1597年

    島津義久

    豊臣氏
  24. 1598年 〜1599年

    島津義久

    豊臣氏
  25. 1600年

    島津義久・島津義弘ほか

    石田方当主は義久で、義弘が西軍として関ヶ原へ出た/関ヶ原で国を抑えた大名の属した陣営で塗る/関ヶ原合戦後に徳川政権との所領交渉を経て本領安堵
  26. 1601年

    島津義久・島津義弘ほか

    徳川政権本領安堵の正式確定は慶長7年末で、1601年は交渉継続中。当主は義久。
  27. 1602年

    島津忠恒・島津義久ほか

    徳川政権慶長7年、忠恒が伏見城で家康と会い和睦・所領安堵が確定し、義久から家督を継いだ。尚古集成館による。「家久」は慶長11年の偏諱以降の名。
  28. 島津氏が本領安堵を受ける

    関ヶ原で西軍に属した島津義弘に代わり、島津忠恒(家久)が徳川家康との関係修復にあたり、慶長7年、薩摩・大隅および日向国諸県郡の支配を家康に認められた。

    島津氏が本領安堵を受けるが行われた1602年の勢力図
  29. 1603年

    島津忠恒

    徳川政権慶長7年末に家督と本領安堵が確定した忠恒が当主。「家久」は慶長11年に家康から偏諱を受けて以降の名で、この年に置くのは先取り。尚古集成館による。
  30. 1604年 〜1616年

    島津家久

    徳川政権
  31. 1609年

    3月島津氏が琉球へ出兵

    薩摩の島津家久が琉球へ兵を送り、首里王府を制圧した。以後、琉球は薩摩の影響下に置かれながら中国との関係も保つことになった。地図上の点は出兵側の薩摩に置く。琉球は本サイトの国マスタに登録が無い。

    島津氏が琉球へ出兵が行われた1609年の勢力図

この国の郡(13)

伊佐郡
出水郡
川辺郡
揖宿郡
日置郡
甑島郡
穎娃郡
給黎郡
薩摩郡
谿山郡
阿多郡
高城郡
鹿児島郡

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