
種子島に鉄砲が伝わり、戦国大名・国衆の軍事編成に新たな選択肢が加わった。以後、火器の製造と運用は各地へ広がっていく。
8月25日
ポルトガル人を乗せた明国船が種子島南端の門倉岬に漂着し、島主・種子島時堯が鉄砲を購入した。日本への火器伝来の始まりとされる。
出典 西之表市「種子島銃(ポルトガル初伝銃)」(市指定文化財)
9月
武田晴信が長窪城を攻め、大井貞隆を捕らえた。武田氏が佐久から小県郡方面へ進む過程を示す。
出典 長野県立歴史館「信濃史料」
種子島時堯の命を受けた惣鍛冶・八板金兵衛清定が銃身の製造・ネジ切りなど技術的課題を克服し、伝来から8か月で国産の鉄砲を完成させた。
出典 鹿児島県「日本初」(鉄砲伝来)
天文11年から月山富田城を攻囲していた大内軍は天文12年、尼子晴久の反撃と国人衆の離反によって攻略に失敗し撤退。撤退の途上で、義隆が寵愛していた養嗣子・大内晴持が死去した。
出典 山口県文化振興課「大内氏年表」