
島津家当主、九州統一の指導者
1533年〜没年不詳
島津義久は島津貴久の嫡男で、1566年ごろ家督を継いだとされる。薩摩・大隅の国衆平定を進め、1577年に伊東氏を日向から追って薩摩・大隅・日向の三州統一を完成させた。1578年の耳川の戦いで大友宗麟に大勝し、以後九州制覇を進めたが、1587年、豊臣秀吉の九州平定を受けて川内の泰平寺で降伏した。降伏後は弟・義弘に当主の実務を譲ったとされるが、義弘が正式に家督を継いだかどうかは学説上の論点として残る。1604年に国分(現・鹿児島県霧島市)へ移り、晩年を過ごした。
出典 日置市「戦国島津氏をたどる」、鹿児島県立黎明館「島津氏の三州統一」
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7件
1560年
1570年
1571年
1573年
1581年
1587年
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