狩野安信「伊達政宗像」
仙台藩 初代藩主
1567年〜1636年
出羽国米沢城主・伊達輝宗の子として生まれ、1584年に18歳で家督を継いだ。南奥州で会津の蘆名氏らを破って最大領国を築いたが、1590年の小田原参陣後の奥州仕置で会津を失い、1591年に岩出山へ移封された。関ヶ原の戦いでは徳川方として白石城を奪還し、家康から百万石の御墨付きを受けたが実現せず、1601年に仙台城の築城を始めて拠点を移した。1613年には支倉常長をローマへ派遣する慶長遣欧使節を送り出した。1636年、江戸で70歳で死去し、仙台藩62万石の藩祖となった。
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10件
1585年
1588年
1589年
1590年
奥州仕置
所領を再編された奥州大名豊臣秀吉が会津へ入り、奥羽諸大名の所領を裁定した。伊達政宗は会津を失い、蒲生氏郷が会津を与えられた。
1600年
1613年
1615年
5月
大坂夏の陣
道明寺方面の徳川方部隊の主将堀を失った大坂城を出て徳川方を迎え撃った豊臣方と、徳川方諸隊が河内で衝突した合戦。5月6日、道明寺・玉手山で後藤基次が、八尾・若江で木村重成がそれぞれ戦死し、5月8日に大坂城は落城して秀頼・淀殿が自害し、豊臣宗家は滅亡した。
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