
後陽成天皇の譲位・後水尾天皇の即位に伴い4年ぶりに上洛した家康は、二条城で豊臣秀頼と対面した。秀頼は予想を超えて成長した偉丈夫であり、その器量を目の当たりにした家康は豊臣家への警戒をいっそう強めたとされ、後の大坂の陣への伏線とも評される会見であった。
3月28日
徳川家康が十九歳の豊臣秀頼を二条城へ招き、両者が会見した。秀頼が家康へ礼をする形となり、徳川政権と豊臣家の政治的関係が示された。
4月
徳川家康は在京する諸大名に対し、幕府の法令を遵守し将軍の命令に背かぬことを誓約させる三か条の誓紙を提出させた。
出典 国立公文書館 デジタル展示「徳川家康―将軍家蔵書からみるその生涯と遺産」二条城会見
4月12日
後陽成天皇の譲位を受けた後水尾天皇が即位礼を行った。この代替わりは徳川家康が二条城会見と同時期に進めたものである。
出典 国立公文書館 デジタル展示「徳川家康―将軍家蔵書からみるその生涯と遺産」二条城会見