1563年:三河一向一揆、勃発

1563年:三河一向一揆、勃発

三河の本證寺住職・空誓が檄を飛ばし、松平家康(後の徳川家康)に対する一向一揆が西三河一帯で蜂起した。本多正信ら家康譜代の家臣の一部も一揆方に加わり、家臣団が分裂する事態となった。半年に及ぶこの内乱は、後年家康自身が「生涯三大危機」の一つに数えるほどの試練であった。

年内の主な出来事
月日不詳
織田信長が小牧山城へ移る

織田信長は美濃攻略の拠点として小牧山城を築き、清須城から居城を移すとともに山麓へ計画的な城下町を整備した。

三河一向一揆が始まる

徳川家康方と三河三か寺を中心とする本願寺派門徒が衝突し、家康の家臣も両陣営に分かれた。戦いは1564年春の和議・鎮圧まで続いた。

出典 岡崎市「歴史文化の特徴」/安城市図書情報館「新編安城市史5 細目次」/岡崎市「市指定:史跡 上宮寺境内地」/愛知県総合教育センター「三河一向一揆と本證寺」

毛利隆元の急逝と輝元継承

出雲遠征途上で毛利隆元が急死し、孫の輝元が家督を継いだ。元就が輝元の後見となった。

本證寺・勝鬘寺の蜂起

本證寺住持の空誓上人、勝鬘寺に拠った蜂屋半之丞らが立て籠もり、城郭伽藍と一体化した寺内町で家康方と対峙した。

出典 安城市「本證寺境内」/岡崎市「市指定:史跡 勝鬘寺境内地」