1552年:関東管領・上杉憲政、平井城を退去

1552年:関東管領・上杉憲政、平井城を退去

後北条氏の圧迫を受けた関東管領・上杉憲政は本拠の平井城を退去し、後に越後の長尾景虎(後の上杉謙信)を頼った。後北条氏の上野方面への進出が大きく進む画期となった。

年内の主な出来事

1月28日

足利義輝の帰京と三好長慶の台頭

義輝と三好長慶が和睦成立し、義輝が帰京した。長慶は幕府の御供衆となり、一守護代を越えた将軍直臣の地位を得た。

出典 大東市「飯盛城跡調査報告会冊子」

2月

安見宗房、萱振賢継を討つ

遊佐長教暗殺後、河内で高屋城の萱振賢継と飯盛城の安見宗房が対立。宗房が賢継を謀殺し、河内で台頭した。

出典 大東市「安見宗房」

月日不詳
上杉憲政が平井城を退去

後北条氏の圧迫を受けた関東管領・上杉憲政は本拠の平井城を退去し、後に越後へ亡命した。

出典 藤岡市「中世関東の要、平井城と関東管領上杉氏の盛衰」

尼子晴久、八か国の守護に補任

尼子晴久は幕府から修理大夫および山陰・山陽八か国の守護に任じられ、軍事的な勢力拡大に公的権威を加えた。

出典 岡山県「下克上の時代」