1551年:大寧寺の変

1551年:大寧寺の変

陶晴賢の軍勢に追われた大内義隆が長門の大寧寺で自害し、大内氏の政治体制は大きく変質した。

年内の主な出来事

5月26日

真田幸隆、砥石城を攻略

真田幸隆は謀計により砥石城を攻略した。この成功で本拠地・真田を奪還し、武田配下での立場を確立したと言われる。

出典 上田市「紙本墨書生島足島神社文書 砥石城攻略」

9月

大寧寺の変

陶晴賢の軍勢に追われた大内義隆が大寧寺で自害し、大内氏の政治体制が大きく変質した。

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出典 長門市「大寧寺境内」/長門市「大内義隆主従の墓所」/山口県「山口県の文化財 大寧寺本堂」

月日不詳
ザビエル、山口で布教許可

ザビエルは大内義隆から日本で最初の公式な布教許可を得た。廃寺の大道寺を拠点として、山口での活動を開始した。

出典 山口市観光情報サイト「西の京 やまぐち」大内氏の歴史

大友義鎮、ザビエルと会見

豊後の大友義鎮はザビエルを招いて会見し、キリスト教の布教を許可した。これが大友氏とキリスト教の関わりの起点となった。

出典 大分市「大友宗麟とその時代」