
信濃制圧を進める武田晴信は伊那郡へ出兵し、藤沢氏の福与城を攻めた。高遠頼継の援軍もあって城を落とすには至らず、晴信は諏訪へいったん兵を退いたが、信濃各地への圧力は緩めず、翌年の高遠攻略へと布石を打った。
4月
1542年の諏訪攻略後、失われた上原城下を武田晴信が1543〜1544年に再建・再編し、板垣信方を中心とする統治拠点とした。
出典 茅野市教育委員会「上原城下町遺跡詳細分布調査報告書」
7月29日
鷹山氏・十市氏の援軍を得た勢力が柳生城を攻め、『多聞院日記』に落城が記される。
出典 生駒市「いこま歴史散歩」