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永禄の変で足利義輝死去

1565年5月19日 · 足利義輝邸(斯波氏武衛陣)跡

三好三人衆らの軍勢が京都の将軍御所を急襲し、室町幕府第十三代将軍・足利義輝は抗戦の末に死去した。

背景

武衛陣町は、応仁の乱で焼失した室町幕府管領・斯波義将邸の跡地で、天文16年(1547)に室町幕府第13代将軍・足利義輝の館(二条御所)が築かれていた。

結末

永禄8年(1565)5月19日、三好義継らの軍勢が義輝の邸宅を襲撃し、義輝は切腹して没した。邸宅も兵火により焼失した。三好三人衆・松永久通ら他の武将の関与は広く語られるが、公的資料では確認できていない。

永禄の変で足利義輝死去 — 足利義輝邸(斯波氏武衛陣)跡

戦況年表

1 1565年5月19日

永禄の変で足利義輝死去

三好義継らの軍勢が京都の足利義輝邸(二条御所)を襲撃し、室町幕府第十三代将軍・足利義輝は切腹した。邸宅も兵火により焼失した。

論点

襲撃した部隊について、京都市の資料は「三好義継ら」とのみ記し、三好三人衆・松永久通ら個別の武将名までは確認できていない。自ら太刀や薙刀を振るって応戦したという逸話も、公的機関・博物館・大学の資料での裏付けは取れていない。

出典123·確実度:中

歴史的な位置づけ

室町幕府第13代将軍が居所を襲われて落命したこの事件は、将軍権威の衰えを象徴する出来事として知られる。跡地は永禄12年(1569)、織田信長が足利義昭のために旧二条城を築いた場所でもある。

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主な関係人物

三好氏

1名

三好義継

三好家当主

足利義輝の邸宅(二条御所)を襲撃し、義輝を切腹させ、邸宅も兵火により焼失させた。

出典1·確実度:高

足利氏

1名

足利義輝

室町幕府第13代将軍

武衛陣町の邸宅(二条御所)で三好義継らの襲撃を受け、切腹して没した。

出典12·確実度:高

参照した資料

  1. 京都市「KA080 斯波氏武衛陣・足利義輝邸遺址」
  2. 京都府教育委員会「旧二条城跡」
  3. 京都市「KA012 旧二条城跡」

本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

1565年の勢力図を見る
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