
秀吉の命により、小西行長・加藤清正らを先鋒とする日本軍が釜山に上陸し、朝鮮出兵(文禄の役)が始まった。日本軍はわずか半月余りで漢城(現ソウル)を陥落させ、加藤清正はさらに北上して咸鏡道まで進出するなど、緒戦は圧倒的な快進撃となった。
秀保の後見役として立場を得た藤堂高虎が、秀吉の朝鮮出兵に従軍した。
出典 津市「藤堂高虎 略年譜」
4月25日
豊臣秀吉が前線指揮官・黒田長政へ朱印状で、朝鮮の補給・占領統治・外交に関わる命令を伝えた。
出典 国立歴史民俗博物館「豊臣秀吉朱印状」
5月
釜山方面から北上した日本軍が朝鮮王朝の都・漢城へ入った。宣祖はすでに北方へ退避しており、占領後も朝鮮側の抵抗と明軍の参戦が続いて国際戦争が長期化した。
このできごとを詳しく見る →出典 九州国立博物館「メールマガジン341号」/国立公文書館「年表―歴史と物語」