更新记录
按最新顺序汇总地图数据的变更内容。
尾張の愛知郡で鳴海・大高が今川方だった時期、北伊勢の攻略(1567年)、若狭の国衆の織田方への転向(1570年)、上月城(1577年)、荒木村重の謀反での三田城、石山本願寺の退去(1580年)、八上城・黒井城の落城(1579年)などを郡ごとに入れました。伊勢の北畠・長野氏の代替わりも反映しています。
勢力図の追加や訂正をまとめた更新情報のページを作りました。サイト公開からの主な更新を新しい順に見られます。
北武蔵の国衆(藤田・太田・本庄・深谷上杉など)が後北条に従った年、謙信の関東出陣で離れた1560〜1561年、松山城・岩付城が後北条の手に入った1563〜1564年を郡ごとに入れました。家ページの範囲も勢力図と同じ見え方になるよう直しています。
信濃安曇郡が武田に下った年を1550年に直し、西上野の多胡郡に木部範虎を、東美濃の岩村城(1572〜1575年、秋山虎繁)を入れました。甲斐の統一は1519年の躑躅ヶ崎館への移転を画期として注記しています。
讃岐の中讃(長尾・羽床・奈良・香西・安富)が長宗我部方に下った年を郡ごとに入れました。伊予は河野氏・西園寺氏が持ちこたえたとする研究に沿った塗りのまま、1585年に四国を統一したとする通説を注記に併記しました。
伊達氏は尚宗・稙宗の時代から政宗の最大版図(1589年)まで、最上氏は村山郡の統一(1584年)と庄内への進出を郡単位で追えるようにしました。
奥州仕置後(1591〜1597年)の陸奥・出羽の全郡を埋め、蘆名・葛西・南部などの当主の代替わりを反映しました。1598〜1616年の上杉(会津→米沢)・蒲生・伊達・佐竹(秋田)の領国も郡ごとに入れました。
常陸の1604〜1616年を佐竹義宣から水戸の徳川頼宣・頼房へ、豊後の1600年を改易済みの大友義統から東西に割れた諸大名へ、越後の1598〜1599年を上杉景勝から堀秀治へ直しました。
家ページの勢力範囲に、他家に服属していた時期の領国を盟主の色で出すようにしました(豊臣政権下の上杉氏の越後など)。豊臣氏・徳川氏は直轄と一門の国だけを自家として数え、政権下の他家の領国は淡く塗り分けています。
明応の政変・大物崩れ・江口の戦いを合戦ページとして新設しました。あわせて畿内・西国で活躍した武将6人の概要文を加え、戦国前期の合戦を厚くしています。
大名家ごとのページに、勢力範囲がどう広がり縮んだかを年ごとに見られる地図を追加しました。地図の見出しには当主・盟主の家紋も表示します。
史跡だけでなく言い伝えの残る地点も地図に加え、確実度の違いによって伝説と史実を区別しながら見られるようにしました。
戦国マップの公開先アドレスを samurai.ufirst.jp へ移しました。あわせて広告枠を増やし、トップの入口に1543・1546・1551年を新たに加えています。
年を選ぶ年代スライダーを、赤丸のつまみを傾けて滑らせる方式に作り替えました。地形表示の切り替えは別のパネルへ移しています。
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