木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が短期間で城砦を築き、美濃攻略の足場にしたと伝える地点。永禄9年(1566年)ごろの出来事とされるが、時期は確定しない。
「一夜で完成した」「材木を川で流送した」「蜂須賀衆が組み立てた」といった細部を裏づける同時代史料は確認できない。根拠とされる『武功夜話』は真偽をめぐる論争がある。現在建つ建物は歴史資料館として建てられた施設で、秀吉期の天守の復元ではない。
墨俣に軍事拠点が置かれた可能性と、広く知られる物語の細部を分けて示す。
確実度:伝承本文に書いた沿革が、出典でどこまで裏づけられているかを示す。座標の精度や年代の確度ではない。
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