明智光秀の胴を埋めたと伝える地点。1970年に地元の山本与一郎が「明智光秀之塚」の碑を建てた。碑には「天正十年六月十三日」と刻まれている。
京都市の資料は「小栗栖で土民から襲撃され、明智藪で自刃したという」と留保付きで記し、首の行方についても複数の言い伝えを併記する。
石碑の所在・建立年・建立者は確認できる事実として扱い、埋葬地の由来は伝承として分けて示す。
確実度:伝承本文に書いた沿革が、出典でどこまで裏づけられているかを示す。座標の精度や年代の確度ではない。
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