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摂津・播磨の城主

中川秀政

生年不詳〜1592年

父中川清秀の死後に天正11年から家督を継ぎ、茨木城代官および周辺統治を引き継いだ。羽柴秀吉から秀政宛の書状が複数現存し、茨木城周辺を統治していた様子がうかがえる。天正13年の摂津仕置により播磨国三木へ移封され、三木城主となった。文禄の役に出陣して朝鮮半島で病没したと伝わるが、具体的な死亡地点や死因、死亡の詳細な年月日については公的機関資料では確定していない。その後家督は弟秀成が継ぎ、豊後国岡藩の初代藩主となった。

出典 茨木市『いばらきの歴史』年表冊子、竹田市『竹田市の維持向上すべき歴史的風致』

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1件

1585年

中川秀政が三木城主に転封

当事者
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摂津仕置により摂津全域が秀吉の直轄領となったため、中川秀政は播磨国三木へ移封された。

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