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堀越御所攻め

1493年1月 · 堀越御所

伊勢宗瑞(北条早雲)が堀越御所を攻め、足利茶々丸を追放して伊豆へ進出した。

背景

伊勢宗瑞(北条早雲)は室町幕府将軍に仕える伊勢氏の出身で、駿河今川氏との関係を足場に伊豆へ進出した。伊豆には鎌倉府の系譜を引く堀越公方足利茶々丸がおり、宗瑞の行動はこの在地勢力への介入という形をとった。

結末

宗瑞は明応2年(1493)、堀越御所を攻めて足利茶々丸を追い、韮山を拠点として伊豆で勢力を築いた。御所跡の発掘では池跡や焼けた土塀片が確認されている。茶々丸はその後も各地で抵抗を続け、伊豆の平定はこの年だけで完了したわけではない。

堀越御所攻め — 堀越御所

戦況年表

1 1493年1月

堀越御所攻め

伊勢宗瑞(北条早雲)が堀越御所を攻め、足利茶々丸を追放して伊豆へ進出した。

出典12·確実度:中

歴史的な位置づけ

この戦いは伊勢宗瑞による伊豆進出の画期となり、のちの小田原進出・相模平定を経て、後北条氏5代にわたる関東支配の起点となった。

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主な関係人物

後北条氏

1名

伊勢宗瑞

伊豆進出を主導した将

駿河今川氏との関係を足場に伊豆へ進出し、堀越御所を攻めて足利茶々丸を追い、韮山を拠点とした。

出典34·確実度:高

堀越公方

1名

足利茶々丸

堀越公方

堀越御所を伊勢宗瑞に攻められて所を失い、以後伊豆・関東各地で抵抗を続けたとされる。1498年に深根城で捕らえられ自害したとする伝承・地域史料がある。

出典4·確実度:中

1493年の他のできごと

参照した資料

  1. 伊豆の国市「史跡伝堀越御所跡」
  2. 静岡県「しずおか文化財ナビ 伝堀越御所跡」
  3. 小田原市「北条氏五代100年の歴史」
  4. 小田原北条氏ゆかりの市町「堀越御所攻め」

本文中の番号は、上の一覧の資料に対応する。確実度は、その記述が出典でどこまで裏づけられているかを示すもので、座標の精度や年代の確度ではない。

1493年の勢力図を見る
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