
5月、安土城の天主が完成し、信長はここへ移り住んで天下統一事業の象徴とした。一方、謀反を起こした荒木村重は籠城の末に有岡城を脱出して尼崎へ逃れ、残された城兵は信長軍の攻撃で11月に城を落とされた。越後では御館の乱が続き、上杉景勝が徐々に優勢を築いていった。
3月
御館が景勝方に落ち、和議交渉で上杉憲政が死亡。景虎は鮫ヶ尾城へ退いたが、城主堀江宗親の離反により自害し、乱は終結。
出典 妙高市「鮫ヶ尾城跡」
徳川家康の嫡男で岡崎を基盤とした松平信康が二俣城で自害した。信長の直接命令や武田への内通は同時代史料で確定せず、徳川家の後継と織田同盟に関わる政治事件となった。
出典 浜松市「家康公の略年表」/浜松市「二俣城跡及び鳥羽山城跡」