1576年:安土城築城開始と天王寺の戦い

1576年:安土城築城開始と天王寺の戦い

信長は近江・安土山に壮麗な安土城の築城を開始し、天下統一の新たな拠点とした。一方、摂津では毛利氏の支援を受けた本願寺勢が息を吹き返し、5月の天王寺の戦いで信長自らが出陣して勝利するも銃創を負った。同時期の木津川口の海戦では毛利水軍が織田水軍を破り、本願寺への補給路を確保するなど、石山合戦は一進一退を続けた。

年内の主な出来事

5月3日

原田直政、天王寺砦で戦死

本願寺方が1万を超える兵で反撃し、天王寺砦付近での戦闘で織田方の指揮官・原田直政を討ち取った。

5月7日

信長が天王寺砦救援に出馬

信長は若江から出馬し、本願寺方の包囲を突破して砦へ入り、明智光秀らと合流して撃破。この際に足に銃創を負った。

9月11日

柴田勝家が北庄に楽市令を発する

柴田勝家は北庄に楽市令を出し、城下町の商業振興と越前支配の安定化を進めた。

月日不詳
織田信長が安土へ移る

織田信長は琵琶湖東岸の安土山に新城の築造を進め、岐阜から本拠を移した。

第一次木津川口海戦で毛利方が勝利

石山本願寺へ兵粮を運ぶ毛利氏・村上水軍の船団が、木津川口で織田方水軍を破り、海上補給路を維持した。敗戦後、信長は九鬼嘉隆らに大型船の建造を命じた。

出典 鳥羽市「九鬼嘉隆(人物概要)」/鳥羽市「戦国武将九鬼嘉隆と九鬼水軍」