
桶狭間で今川義元を討った織田信長は、今川氏から自立を図る松平元康(後の徳川家康)と清洲城で会見し、攻守同盟を締結した。両者の同盟は信長が本能寺で横死するまで約20年にわたり維持され、戦国期には珍しい安定した関係として知られる。
1月
北条方の太田康資勢が葛西城を包囲。約2か月持ちこたえたが4月下旬に陥落。この際、安房里見氏の重臣が討ち取られた。
出典 さいたま市「岩槻城跡を探る(中編・下)」
3月
畠山方との戦いで三好実休が久米田寺付近で戦死した。日を3月5日とする解説が多いが、岸和田市の公式資料は月までの記載にとどまる。
出典 岸和田市「三好実休の碑」
11月
北条氏康は武田信玄の応援を得て松山城を包囲。約3か月の包囲のうえ、翌1563年2月に陥落させた。
出典 さいたま市「岩槻城跡を探る(中編・下)」