信濃遠征から凱旋した武田信虎が娘婿・今川義元のもとを訪ねた隙に、嫡男・晴信(後の信玄)は板垣信方ら重臣の支持を得て甲駿国境を封鎖し、信虎を駿河へ事実上追放した。信虎の度重なる遠征で疲弊していた家臣団の不満を背景に、晴信は武田家の家督と守護職を継承した。
7月19日
河東一乱の対今川戦を主導していた北条氏綱が死去し、子の氏康が家督を継いで北条家3代当主となった。
出典 小田原市「後北条氏5代」
武田晴信は父・信虎を駿河へ退かせ、武田氏の家督と甲斐国支配を継承した。